【医師が解説】変形性膝関節症の手術、いつ考えるべき?人工関節と骨切り術の全知識

「手術が必要です」その言葉の重みを、希望に変えるために

「手術を考えましょう」 もし、あなたが医師からこう告げられたら、平常心でいることの方が難しいでしょう。そのお気持ち、痛いほどよく分かります。 こんにちは、整形外科医の堀口です。

私が「手術」という言葉を口にするのは、**「手術によって、あなたの未来を、今よりもずっと明るくすることができる」**と確信した時だけです。長年あなたを苦しめてきた痛みや辛さから解放するための、最善の選択肢だと判断した場合にのみ、ご提案しています。

今回は、変形性膝関節症の手術について、その内容、手術前後の流れ、そして皆さんが最も気になるであろう注意点まで、詳しくお話ししていきます。この記事が、あなたの心の中にある手術への漠然とした不安を、「正しい知識」という光で照らし、少しでも和らげることができれば、これほど嬉しいことはありません。

手術を検討するのはどんな時?私たちが一番大切にしていること

私が手術という選択肢を患者さんと一緒に考え始めるのは、膝の痛みのせいで「あなたらしい生活」が送れなくなってしまった時です。

「痛くて、楽しみにしていた友人との旅行を断ってしまった」 「買い物の荷物を持つのが辛くて、外出が億劫になった」 「うまく歩けない姿を人に見られるのが嫌で、家に閉じこもりがちになった」

もし、あなたがこんな風に、やりたいこと、やるべきことを「我慢」しているのなら、それは手術を考えるべきサインかもしれません。

もちろん、レントゲン写真で膝の変形が重度であることは大前提です。しかし、私が本当に見ているのは、写真の向こう側にいる、あなたの人生そのものです。どんなに変形が強くても、あなたが痛みなく笑って過ごせているなら、手術は必要ありません。逆に、変形は軽くても、痛みがあなたの心の重荷になっているのなら、手術で取り除ける原因がないかを全力で探します。

代表的な手術① 人工膝関節全置換術(TKA)|痛みの原因を根本から取り除く

どんな手術?仕組みをわかりやすく解説します

これは、長年の使用で傷んでしまった膝関節の表面を、新しい部品に丸ごと交換する手術です。

イメージとしては、すり減って溝がなくなった古いタイヤを、最新の高性能タイヤに履き替えるようなもの。痛みの原因となっていたゴツゴツした軟骨や骨の部分を丁寧に取り除き、金属と特殊なプラスチック(ポリエチレン)でできた、滑らかな人工の関節に入れ替えます。これにより、痛みの根本原因を取り除くことを目指します。

メリット・デメリットを正直にお伝えします

メリット: 世界中で行われている非常に歴史と実績のある手術です。使用する人工関節(インプラント)も日々改良されており、治療成績は非常に安定しています。手術の翌日から体重をかけて歩く練習を始められるのも大きな利点です。

デメリット: 手術の規模が比較的大きいため、体への負担や出血量も多くなり、術後の痛みも乗り越えるべき最初のハードルになります。また、膝が少し曲がりにくくなる可能性もあります。そして、人工関節である以上、「耐用年数」が存在しますが、現在のインプラントは非常に優秀で、20年以上問題なく機能するという報告が多数ありますので、過度な心配はいりません。

人工膝関節全置換術が向いているのはこんな方

関節全体の変形が進んでいる方や、関節リウマチなど他の病気が原因で関節が傷んでしまった方などに、特に良い適応となります。

代表的な手術② 人工膝関節単顆置換術(UKA)|痛む部分だけをピンポイント修復

どんな手術?仕組みをわかりやすく解説します

変形性膝関節症では、多くの場合、膝の内側だけが特に傷んでいます。その傷んだ部分(多くは内側の半分)だけを最小限で取り除き、小さな人工関節に入れ替えるのがこの方法です。

メリット・デメリットを正直にお伝えします

メリット: TKAに比べて骨を切る量が少なく、手術の傷も小さいため、体への負担が少なく、術後の回復が早いのが最大の魅力です。自分の靭帯を温存できるため、術後の膝の動きも自然に近い感覚を保てます。

デメリット: この手術は、膝の変形が比較的軽度で、傷んでいる場所が限られている場合にしか行えません。変形が進みすぎてしまうと、この方法を選べなくなってしまう可能性があります。

人工膝関節単顆置換術が向いているのはこんな方

関節の変形が末期ではなく、傷んでいる場所が内側(もしくは外側)に限られている方が良い適応です。

代表的な手術③ 高位脛骨骨切り術(HTO)|自分の関節を活かして負担を軽くする

どんな手術?O脚を矯正する“リフォーム工事”です

これは、人工の関節を使わずに、ご自身の関節を温存する手術です。

O脚になると、体重が膝の内側に偏ってかかり、軟骨がすり減りやすくなります。この手術は、すねの骨(脛骨)の一部に切れ込みを入れ、角度を少し変えることでO脚を矯正します。

例えるなら、傾いてしまった家の柱を、土台の角度を調整してまっすぐに立て直すリフォーム工事のようなもの。体重が膝の外側にも分散されるようになり、痛みの原因だった内側への負担を減らすことができます。

メリット・デメリットを正直にお伝えします

メリット: 自分の関節を温存できることが最大のメリットです。そのため、正座などの深い膝の曲げ伸ばしが可能な場合も多く、スポーツなどの活発な活動への復帰も夢ではありません。

デメリット: 骨がしっかりと固まるまで、体重をかけられない「免荷期間」が必要になります。そのため、入院期間は人工関節の手術より長くなる傾向があります。また、多くの場合、骨を固定した金属のプレートを後で抜くための再手術が必要になります。

高位脛骨骨切り術が向いているのはこんな方

比較的お若い方(60代くらいまで)や、仕事や趣味でスポーツを続けたい、活動性の高い方に向いている手術です。

入院から退院、社会復帰までのリアルな道のり

手術そのものと同じくらい、「術後の生活はどうなるの?」という点が、皆さんの大きな不安だと思います。ここでは、私の患者さんが実際にたどる道のりを例にご紹介しますね。

入院期間の目安は?(約2〜3週間)

手術の前日に入院し、最終的な健康チェックや準備を行います。手術当日は、麻酔科の専門医が常にあなたのそばにいてくれるので、痛みを感じることは一切ありません。あなたはぐっすり眠っている間に、長年の悩みだった膝の治療は終わっています。

そして、手術の翌日には、もう歩行器を使って歩く練習を開始します。この時点で「先生、昨日までの痛みが嘘みたいです!」と驚く患者さんもいます。個人差はありますが、術後1週間もすれば、手術前よりも楽に歩けるようになる方がほとんどです。順調にいけば、約2〜3週間でご自宅に退院できます。

手術の成果を決める「術後リハビリ」の重要性

手術が成功の半分だとすれば、残りの半分を決めるのは、術後のリハビリです。

新しくなった膝の感覚に体全体を慣らし、本来の機能を取り戻すために、早期からのリハビリは欠かせません。それは、新しい膝とあなたの体が「はじめまして」と挨拶をして、これから長く付き合っていくための、とても大切な時間なのです。

自宅に帰ってからの生活と希望の物語

退院する頃には、多くの方が杖一本で、あるいは杖なしで歩けるようになり、日常生活に困ることはほとんどありません。車の運転も、多くの場合許可できます。

先日、手術を受けて退院された患者さんが、外来に最高の笑顔で報告に来てくれました。「先生、手術して本当に良かった!諦めていた孫との旅行に、今度行ってくるんです」「どっちの足を手術したのかわからないくらいに自然です。趣味だった山登りも再開できました!」

医師として、これほど嬉しい瞬間はありません。手術は、痛みを取るだけではない。その先にある、あなたの人生の輝きを取り戻すための、希望の選択肢なのです。

まとめ|あなたの人生の主治医は、あなたです

人工関節も、骨切り術も、どちらもあなたの辛い痛みを改善するための、科学的に証明された素晴らしい手術です。痛みのせいで人生の楽しみを諦めているのなら、手術に踏み切る価値は十分にあります。

ただし、どの手術があなたにとってベストなのかは、膝の状態、年齢、生活スタイルなどによって一人ひとり全く違います。大切なのは、私たち専門家とよく話し合い、全ての選択肢を理解した上で、あなた自身が「これだ」と納得できる治療法を選ぶことです。

手術とリハビリという両輪がうまく回って初めて、治療の効果は最大限に発揮されます。私たち医療者は、そのための最高のチームとして、あなたの隣で全力でサポートすることをお約束します。

さあ、あなたの回復への旅(航海)を始めましょう。Bon Voyage!


免責事項 本記事は一般的な医療情報の提供を目的としたものであり、個別の診断や治療を保証するものではありません。症状に心当たりがある方は、必ず医療機関にご相談ください。

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